2009年11月15日 (日)

最終戦で … 負けた

サッカーW杯 アフリカ3次予選 グループB。
残っていた2試合が14日に行われ、モザンビーク 対 チュニジアは1-0でモザンビークの勝ち。
両チームともゴールの無いまま推移した終盤の83分、モザンビークに決勝点を奪われてしまったらしい。

ケニア 対 ナイジェリアは2-3でナイジェリアの勝利。
したがって、本大会出場権はナイジェリアのものとなりました。

ナイジェリアの取りこぼしをきっかけに期待をふくらませても、最後に自らが取りこぼしてしまいました。

今回は、ナイジェリアを相手に2試合とも引き分ける形で最終予選リーグを進めることが出来た。
次回は、ランク上位の相手にホームで勝ってアウェーで引き分けに持ち込めるようなチームになってくれることを期待しましょう。

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2009年10月16日 (金)

チュニジア vs ケニア

チュニジア、勝っています。
あと、1勝です。

Yosen1
Yosen2

あちらで暮らしていた時、国内リーグの試合と代表チームのそれとではずいぶん雰囲気が違うなと思って見ていたのですが、それもそのはず。
今回の試合の代表メンバーを見ると、25名中15名がスペイン、フランス、ドイツ、スイス、チェコ、ギリシア、トルコのチームで活躍している選手です。

そしてチュニジアのクラブには、サブ・サハラの国の選手が在籍しています。

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2009年9月19日 (土)

コーラン

そろそろ新月なので、ラマダンも終わろうとしているはずです。

日本では秋の連休に突入しましたが、今年はほぼ日付が重なって、イスラム圏ではラマダン明けの祝日を迎えるのだと思います。

腹を空かせて活動を続ける日々の中で、インフルエンザは大丈夫だったでしょうか?
チュニジアはヨーロッパとの行き来が多いのでウィルスが入り込んでいるだろうし、握手や両頬を合わせるあいさつをするなど人同士の距離が近いので、患者が出始めると広まるのも容易なような気がして心配です。

さて、少しはコーランのことも知っておこうと思って、岩波文庫の上巻を買ってみたのですが、なかなかページが進みません。
誰が誰に対して話しているかが目まぐるしく入れ替わって、文脈がつかみにくい。
冒頭から、アダムやらモーセやらアブラハムやらの記述があるけれども、それらの人々についての基礎知識が極めて脆弱。

まずは、聖書を少しひもとく必要があるようです。

『キリスト教学』なんて単位のある学校に通っていたはずなのですが(だから身辺を捜索すれば聖書が出てくるはず)、当時の私には全く興味のわかない講義だった。

阿刀田高さんの解説エッセイ(新潮文庫)から、ちょっとだけその先に踏み出してみたいと思っています。

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2009年9月 7日 (月)

高まる期待

この週末、サッカーの日本チームはオランダへ出かけてゲームをしたようですが、来年のW杯出場をかけた予選が各地で行われた週末でもありました。

アフリカ地域は、最終予選に残った20チームが5つのグループに分かれてリーグ戦を行い、各グループの1位となった5チームが本大会への出場権を得ることになっています。

チュニジアは、ナイジェリア、モザンビーク、ケニアといった顔ぶれが並ぶグループB。
この組み合わせ抽選があった時(確か去年の秋頃)、「この中ではやはりナイジェリアが強いだろ」とつぶやいたら、普段はポジティブ・シンキングな同僚たちも小さくうなずいていたのを憶えています。
(9月2日発表のFIFAランキングでは、34位-ナイジェリア、50位-チュニジア。ちなみに日本は40位、韓国49位。)

6月に行われたナイジェリアを迎えてのホーム戦は、0-0の引き分けに持ち込んでいました。

そして昨日(6日)ナイジェリアへ乗り込んでのアウェー戦。
終了間際(記録は89分となっている)に同点弾(2-2)を決めて負けなかった。
現時点での順位と勝敗は次のとおり。
971
972

ナイジェリアがモザンビークと1試合引き分けているので、チュニジアは残るケニアを迎えてのホーム戦とモザンビークに乗り込んでのアウェー戦で順当に勝つことができれば、勝ち点トップで本大会出場権を獲得します。

残る2試合は10月と11月に行われることになっています。

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2009年9月 5日 (土)

チュニジアのお菓子

9月になりましたが、チュニジアはまだ暑いんでしょうね。
そんな中、ラマダンの真っ最中です。今夜はほぼ真ん丸い月が見えましたから、ラマダン月も中間点まできたところでしょう。

この春に持ち帰った手帳や日めくりを見ると、9月5日はラマダン月の16日と書かれているのですが、チュニジアの新聞、La Press紙のHPを見てみると『9月5日 - ラマダン15日』となっています。
お月さんを眺めた結果、今年は1日遅く月が始まることになったみたいです。

インフルエンザの流行もありますから、あまり体の負担にならないようにがんばって欲しいと思います。

この時期、たぶん売り上げが伸びているであろう、チュニジアのお菓子をご紹介。

951  952
出勤最終日に、職場内でお別れのあいさつ回りをしながら配るために買ったものです。

アーモンドやピスタチオをすりつぶしたものや、デイツのペースト、ハチミツなどが多く使われている材料だと思います。
どれも一口サイズの大きさ。1 kg当たり2,000円位で、1 kgというと50個ほどの見当になるそうです。

店のオッチャンは土産にするのだと思ったらしく、「チュニジアのお菓子は2カ月は保つ(3カ月だったかな?)、日本まで問題なく持って行けるよ!」と力強く太鼓判を押していたけれど、買った翌日にチュニジアの人たちの胃袋に収まってしまいました。

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2009年8月10日 (月)

チュニジア料理

先日東京へ出た時に、クスクスにありついてきました。

東急目黒線・武蔵小山駅東口を出て、目の前の焼鳥屋の脇の小道を少しだけ進んだ所にある『イリッサ』というお店。チュニジアン・ブルーの大きな看板なのでわかりやすい。『イリッサ』と検索すると、グルメサイトの情報がヒットします。

屋台を思わせるような小さなお店で、日本語ペラペラのチュニジアンヌが出迎えてくれました。「アラビア語を少しは覚えたでしょ」と切り替えされたけど、意欲と能力が足りなかったことを恥じ入るしかありません。

日本の人も受け入れやすいように、ハリッサと塩を少し控えめにしているのかなぁ。入手しやすい野菜も違うだろうし、色々考えて工夫しているのだと思います。
あっさりしたトマトスープといった感じの汁でした。

どうして日本ではクスクスをあまり見かけないんだろうか?
パリにはクスクスを出すレストランがあんなに多くあるのだから、おフランス好きの日本人がまねしそうな気もするのだけれども…。

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2009年7月19日 (日)

発想の違い

ぼやっとしているうちに、ずいぶん間が空いてしまいました。

最近、こんな本を読みました。 → 『イスラムの怒り』(内藤正典 著)

「そうか、チュニジアの人はそんなふうに考えていたのかもしれない」と、あらためて感じさせられる部分もあります。

出発前には、宗教に基づく色々な制約のある少し窮屈な所なのかなと想像していたのですが、実際に暮らしてみると確かに習慣の違いといったものはあるけれども、宗教に縛られて窮屈にしている人たちだと見えることはあまり多くなかったように思います。

チュニジアという国がヨーロッパに近づこうと、宗教から少し距離を置いた施策を進めてきたからという理由もあるのでしょうが、でも多くの人がイスラム教を大切なものと感じて生活している。

お祈りのために頻繁にモスクに行ったりラマダン月に飲食を止めたりなどの行動をする人は、決まり事で周囲がそうしているから仕方なく従っているのではなく、本当に自分にとって必要な行動だと考えているからそうしている(楽しんでいるという側面さえあるように思えます)。
逆に、行動に示さない人であっても、強い後ろめたさを感じて宗教から離れるのではなく、他の部分で繋がりを保っていると考えることの出来る回路がある。

イスラムというのは懐の広い考え方なのかなと思います。

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2009年5月10日 (日)

カルタゴとローマ展

情報を仕入れたのでご紹介。

チュニジアの博物館群が所蔵するカルタゴ遺跡からの出土品やモザイクを日本で見ることができます。
6月から来年にかけて、全国7都市で順次公開されるとのこと。

お近くの方は出かけてみてはいかがでしょうか。
詳細はこちらを参照。

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2009年5月 2日 (土)

ハンブルク - 付録編6

ベルリンからハンブルクまで鉄道で日帰り往復しました。地図で見ると長距離ですが、ICEが2時間ちょっとで両都市を結んでいます。このベルリン - ハンブルク間の特急列車、途中ノンストップなので乗り降りする人の動きがなくて車内が落ち着いているし、飲み物(水またはオレンジジュース)や新聞、1等車では軽い食事を配ってくれたりするので、得した気分になります。

今回の旅程中最北の街であるハンブルクは、深い入り江の奥というべきなのか、河口からエルベ川をさかのぼったところに位置するというべきなのかわかりませんが、船の行き交う港湾都市です。

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鉄道駅そばの湖では、大きな噴水が吹き上がっていました。

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これは市庁舎。維持管理が大変だろうなと、なんとも小っちゃな考えが頭をよぎりましたが、公共の財産として大事にメンテナンスされているのでしょうね。

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見上げると首の痛くなるような高さの、教会の尖塔が目に入ってきたりします。

住宅地を抜けて郊外へ行くバスに乗ってみましたが、「かわいい」という表現がぴったりのこぢんまりとした赤レンガ造りの家が並んでいました。
普通のドイツ人の住宅事情は、あのようにこぢんまりとしたものなのでしょうか?

バスで郊外に出た訳は、ここでも70年前の痕跡を見学に行くため。
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このテーマに関しては、他の場所で報告することにします。

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2009年4月16日 (木)

アンペルマン - 付録編5

ワイマールの記事の中で触れた信号機の話。

東西ドイツがひとつになった時に、東ドイツで使われていた歩行者用信号機の輪郭を…
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西ドイツで使われていたものに…
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置き換える計画が持ち上がったらしい。

でもその形、慣れ親しんだ人間でなくても、つまり単なるノスタルジーとは別の感覚として何かを感じる人も多いのではないでしょうか。
当時も多くの人がそのように感じたらしく、「アンペルマンを救おう!」と市民運動が展開されたとのこと。キャラクターグッズが売り出されて、収益は運動の資金に充てられた。

結果として、今でもベルリン市内には両方の信号機が存在し、キャラクターグッズはベルリン土産として人気を集めているのだそうです。
その店に関心を惹かれた方はこちらを参照。 → http://ampelmannshop.com/  

このお店、建物に囲まれた中庭のような所の1階部分にカフェやブティックが集まっている空間(ホーフと呼ばれるのだそうです)にあります。
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